2017年9月4日月曜日

戦争を支えた者たち

寺子屋コンサートに出ていただいている佐賀の桃谷さん(法泉寺住職)から、毎月「むりようじゅ」という寺報をいただいています。今月号が404号でした。八月にいただいた403号に興味深い記事が載っていましたので抜粋してお届けします。
龍谷大学の学長をつとめておられた信楽峻麿先生は、「戦争中、それぞれの地域社会で、あの戦争を草の根で支えた人が3人いた。」とおっしやっていました。
一人は巡査さん。常に人々の言動に目を光らせ、戦争反対など政府の方針に反するものを容赦なく逮捕し弾圧した。その結果、人々は口を閉ざし、国家の言うがままになっていった。二人目が学校の校長先生。学校で、教育勅語や修身の授業を通じて、子どもたちに如何に国家・天皇のために戦うことが素晴らしいことであるかを日々叩き込んだ。それによって、多くの子どもたちが「軍国少年少女(臣民)」となっていった。三人目が寺の住職。普段からご本尊を背にしながら、お国のために戦うことがいかに大切であるかを説き、出兵する兵士に「陣中名号」を渡しながら、阿弥陀如来といつも一緒、心おきなく戦って来いと送り出した。そして戦死したものには「軍人院号法名」を授けて、その死を讃えては遺族の悲しみを喜びや誇りに変え、後に続くものを鼓舞し続けた。
この三人が、草の根で戦争を支えたからこそ、国家はあのような無謀な戦争を遂行することが出来たのです。
 

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