2017年9月7日木曜日

時間外労働の歯止め

今日のクローズアップ現代で医師の労働時間の問題をやっていました。どこの業界でもそうですが、本来の業務に行くまでに様々な書類上の準備であるとか、先方の意思確認などが必要となることが増えてきて、一件落着までの時間がかかるようになりました。

医師で言えば、手術の同意書をもらったり、手術の内容を説明したり、考えられるリスクについて説明したりすることが求められるようになりました。必要なことだと思いますが、その分労働時間は増えて来ます。また、仕事の性質上、私の勤務時間は終わりましたので、途中ですがこれで帰りますというわけには行かないといいます。全く同感です。途中で帰られたら困ります。その結果、医師の勤務時間が長くなって、過労死ラインを超えることもしばしばだといいます。

また、ある病院研究所では時間外労働協定の時間が、月300時間までOKということになっているらしいです。勤務日で平均すると1日23時間労働までOKということになるそうです。まさに狂気の沙汰ですが、そうしないと回らないという病院の事情があります。一般的に主治医は1名ですが、これを2名体制にすれば仕事が分担でき、長時間の時間外労働を無くすことが出来るといいます。

ところがこのようなやり方を導入すれば、どこの病院でも経営が成り立たなくなるといいます。
これが現実です。実はお寺も同じようなことが言えます。しかしながら病院と違い家族経営ですので誰も過労死ラインを指摘してくれる人はいません。社会の目も声も届かないのです。僧侶も時間ですのでこれで帰りますということがいえない仕事だと思います。

2017年9月6日水曜日

エンディング産業展

エンディングとか終活という名のもとに、全国各地でイベントが行われています。一昨年のことですが、知り合いから終活のイベントに僧侶として出てもらえないかという誘いを受けたことがありました。仏具屋さん、葬儀屋さん、石屋さんなど葬祭業に関係がある業者が集まって展示会を開くというものでした。とりあえず検討するので、どういうコンセプトで行なうのか書いたものが欲しいと言いました。「売らんかな」のお手伝いをする気はないということを伝えました。どうやら消費をあおるイベントだったようで、その後趣意書のようなものは来ませんでした。

ところが一般社団法人お寺の未来の代表である井出さんは、東京ビッグサイトで行われたエンディング産業展2017に、全国約30名のお坊さんと一緒にブース出展をされたようです。ブースは「まいてら」の紹介です。「まいてら」とは一定の基準をクリアした寺院を、安心して任せることの出来るお寺ということで、言わば一般社団法人お寺の未来のお墨付きが付いたお寺ということです。

まいてらとして出展した目的は、「終活相談に応じることを通じ、来場する一般生活者に『お坊さんと話せてよかった』という体験と安心を提供する」というものだそうですが、実際に出店して見て、今回のエンディング産業展では、多くの生活者や業者の方々との交流を通じて、お寺やお坊さんに寄せられている期待をひしひしと感じるとともに、その期待に対して具体的に応えていく仕組みも大切だと気づかされましたと述べておられます。また、期待のままで終わってしまっては失望感につながってしまいますので、多くのお寺の連帯によって、世の中の多くの生活者に安心を提供していく具体的な取り組みが今こそ求められていると感じられたようです。
 

2017年9月5日火曜日

本願寺派の葬儀規範

先代の時代は得度を受けたと言っても、今のようにCDDVDがあるわけでもなく、作法もだんだんと自己流になって行きます。市内数ヵ寺の住職が勤め合いをしていましたので、いつの間にか因幡流の葬儀や法事が出来上がっていました。鳥取市で多数を占めていた曹洞宗や浄土宗の葬儀が一般的になり、法名ではなく戒名、三奉請ではなく四奉請が主流でした。

 現代は本願寺派の葬儀規範というものがあり、得度習礼、教師習礼でもしっかり叩き込まれますし、最低でも年に一回は山陰教区教務所主催の勤式作法を習うことが出来ます。多数の僧侶が集まってもきれいにそろえることが出来ます。日本中どこに行っても同じ葬儀・作法で勤められるようになりました。言って見れば方言が無くなり全国標準語になったようなものです。

神宮寺の高橋卓志住職は、葬儀の実践で「100人の人生があれば100通りの別れ方がある」ということで、地域の慣習と宗派の固定概念である定番の葬儀を離れ、その人だけの葬儀を作り上げておられます。そこには大変な労力や努力が隠されています。
 現状ではなかなか本願寺派の葬儀規範から離れることは出来ませんが、故人や遺族が望まれる葬儀が理想だと思います。ただやみくもに「どんな葬儀を望まれますか」と聞いても遺族が答えられるわけはないので、僧侶が一緒に話しをしながら積み上げていけばいいと思います。その手間が大切なのだと思います。

2017年9月4日月曜日

戦争を支えた者たち

寺子屋コンサートに出ていただいている佐賀の桃谷さん(法泉寺住職)から、毎月「むりようじゅ」という寺報をいただいています。今月号が404号でした。八月にいただいた403号に興味深い記事が載っていましたので抜粋してお届けします。
龍谷大学の学長をつとめておられた信楽峻麿先生は、「戦争中、それぞれの地域社会で、あの戦争を草の根で支えた人が3人いた。」とおっしやっていました。
一人は巡査さん。常に人々の言動に目を光らせ、戦争反対など政府の方針に反するものを容赦なく逮捕し弾圧した。その結果、人々は口を閉ざし、国家の言うがままになっていった。二人目が学校の校長先生。学校で、教育勅語や修身の授業を通じて、子どもたちに如何に国家・天皇のために戦うことが素晴らしいことであるかを日々叩き込んだ。それによって、多くの子どもたちが「軍国少年少女(臣民)」となっていった。三人目が寺の住職。普段からご本尊を背にしながら、お国のために戦うことがいかに大切であるかを説き、出兵する兵士に「陣中名号」を渡しながら、阿弥陀如来といつも一緒、心おきなく戦って来いと送り出した。そして戦死したものには「軍人院号法名」を授けて、その死を讃えては遺族の悲しみを喜びや誇りに変え、後に続くものを鼓舞し続けた。
この三人が、草の根で戦争を支えたからこそ、国家はあのような無謀な戦争を遂行することが出来たのです。
 

2017年9月3日日曜日

神宮寺の活動から学ぶ

朝晩はめっきり涼しくなって、半そで半ズボンが似合わなくなりました。それでも日中はまだまだ暑往復書簡さを感じます。お盆後の慌ただしさも少し落ち着き、本を手に取る時間が出来たので7月に神宮寺の高橋卓志さんからいただいた資料を読んでいます。「寺よ、変われ」は二度読み直しましたし、信濃毎日新聞社のコラムを集めた「奔僧記」、鎌田實さんとの往復書簡で綴る「生き方のコツ 死に方の選択」も買い求めて読みました。

毎回60ページにも及ぶ神宮寺の寺報「未来への遊行帳」も5冊いただきすべて読みました。特にお布施特集は考えさせられることがたくさんありました。寺は悩める人を救う所、100人の生き方があれば100通りの別れ方があって当然、お寺は生老病死すべてにかかわる所など全面的同感できるものです。経理公開など多くを実践していますが、まだお布施の目安明示は行なっていません。高橋さんに怒られそうですが、もう少し時間がかかりますが方向性は見えて来ました。過去10年間の平均を目安として提示するくらいは出来るかも知れません。

高橋さんは、イオンの葬儀販売、アマゾンのお坊さん便などにも明確な答えを出しておられます。抽象的な批判では何も変えることは出来ないでしょう。実践と経験に裏打ちされた意見の強さに惹かれるものがあります。

2017年9月2日土曜日

墓地の整理整頓



養源寺の墓地は狭いこともあって、ぎゅうぎゅうに墓が建っていました。草取りをするのも大変で、昔は業者さんを頼んで三人がかりで二日間かかっていました。平成23年に納骨施設安穏堂が出来たこともあり、10年以上お参りの無かった墓について公告して、安穏堂へと改葬致しました。その数20基になります。その後も数基づつ改葬が進み、その跡はバラスが敷かれていました。

バラスを敷くと見た目はきれいですが、数か月経つと草が生えて来ます。石の間から生えるので草取りが大変です。毎年5月に護持会で墓地の草取りをするのですが、何とか草が生えないようにならないかと考えました。除草剤は撒きたくないですし、コンクリートやアスファルトは趣が無くなるのと、水はけが悪くなり夏は輻射熱で暑くあります。総代さんの提案で「がんこまさ」を敷くことにしました。作業は比較的簡単です。草を刈って下地を均します。その上にがんこまさを均一に敷き詰めます。厚さは2センチくらいあれば十分です。その上からジョロで水をかけます。その上から鏝で押さえて空気を抜きます。表面が乾いたら歩いても大丈夫です。これにより浸透性がある路面が出来上がります。しっかり押さえてあれば草は生えませんが、苔は生えることがあります。苔は石にでも生えますのでこれは容認するしかないですね。

 

2017年9月1日金曜日

大須賀さんとの二晩



 いつも寺子屋コンサートでお世話になっている大須賀ひできさんが二日間門徒会館に泊まられました。米子公演と岡山公演の間に時間が空いたということで、通り道の鳥取市へおいでになりました。こちらとしては二人でゆっくり酒が飲めるので、願ったり叶ったりです。

米子公演の翌日は鳥取に来る前に反対方向の足立美術館に行かれたそうです。初めてだったということで、大変感激しておられました。足立美術館は、いつ行っても感動させられます。手をかけて高水準を保っておられるのがよくわかります。山陰の誇りですね。

最初の夜は近くの料理屋に行き、白いかの刺身、天婦羅や鰻を楽しみました。ここのお通しは、焼き鳥、だし巻き、煮貝、おしんこがセットになっていて、これだけで飲めそうな雰囲気です。二日目は、朝7時から墓地の整地作業を手伝っていただきました。初体験で良い思い出になったようです。そのあと海が見たいということで、東浜海岸に行かれ、帰りは岩井温泉でゆっくりお風呂に入られました。入湯料310円は安いと言っておられました。

夜は弥生町に出て、のどぐろの塩焼きや牛筋煮込みなどをいただきました。初日二日目とも小さな店で、注文を受けてから作るということで少し時間はかかりますが、味は抜群です。最近は賑やかな店より静かな店、大きな店より小さな店というように、好みが変わりました。これも年のせいでしょうか。今朝は早くから駐車場でスケッチされていましたので、いつものスケッチブックかなと思っていたのですが、養源寺を描いた絵はがきをいただきました。なかなか味があっていい雰囲気です。

10月9日の体育の日には、寺子屋コンサート出演でお見えになります。また、おいしい酒を飲みたいですね。