2017年1月31日火曜日

研修会の多さは文化?

明日の研修会の最終資料作りを行なっています。本願寺派のプロジェクトが作った20年後の寺院像を中心に、これからのお寺が直面する課題や生き残るための方策を総代の皆様と一緒に考えていきたいと思っています。それにしても本願寺派の研修は多いと思います。 

山陰エリア、鳥取県エリア、組エリアと分かれますが、総代会の研修は年三回、仏婦の研修が年三回、寺婦の研修が年二回、仏壮の研修が年二回、因幡組としての研修が年三回、連続研修が年十二回、そのほか専門的な研修などが年五回程度はあります。すべてひっくるめると年に三十回は研修していることになります。これはもはや文化と言っていいでしょう。 

各寺院で行なっている法座は、多いお寺では年間二十回を超えます。少ないお寺でも年間六回はありますので、年がら年中法座や研修をやっている感じです。これが本堂が聞法道場と言われている所以です。自分が話すことより聞くことの方が大切であるという浄土真宗の特長です。 

寺院消滅の危機が言われて三十年近く経ちました。過疎地では確実にその危機が迫っています。過疎地から都市部への人口移動という要因もありましたが、これからはそれに加えて人口減少が始まります。人口の三割が減少すればお寺の半数が無くなるでしょう。人口減少より早く進むと思います。特に少子化がその原因です。 

今回の提言で少しでも歯止めがかかればいいのですが、人は自分の足元に火が付かなければ分かりません。年金制度が持たない。介護施設が足りない。健康保険制度が持たない。等早くから分かっていた問題ですが、誰も本気で手を付けようとはしませんでした。寺院消滅も今なら回避する方法も考えられますが、10年後であれば難しいでしょう。明日の研修会の反応が楽しみです。 
 

2017年1月30日月曜日

最後のお別れ

今日は一日雨が降っていました。午前中の雨の止み間を見て棺を本堂まで運んでいただきました。いわゆるこれがご自宅からの出棺にあたります。門徒会館は自宅と同じように使っていただくので、本堂までの60メートルが葬送の隊列となります。本堂でのお勤めを葬場勤行といい、一般的にはこれを葬儀と呼んでいますが、本来は臨終勤行から還骨勤行までを葬儀(葬送儀礼)といいます。 

臨終のお勤めをした直後は、家族だけで葬儀を行なうという気持ちでおられました。話しを聞くとご主人が地域の付き合いをきちんとされる方でしたし、同業組合や町内会には連絡をしないといけないということでした。もし死亡したことを近所の方や親戚に知らせずに、身内だけでやってしまうと、しばらくは自宅に弔問客が毎日のように来られることになります。 

いろいろなことを考えて最終的には、一般的な葬儀をされることになりました。結果的には良かったと思います。私も親しい方であったのに喪中はがきで初めて知ったということがありましたが、亡くなられたんだということが腑に落ちないまま過ぎているような気がします。葬儀に出るということは弔意を表すと同時に、自分の中でお別れをするというけじめのような気がします。 

誰にも知らせず家族だけで済ませるというやり方を取られる理由は、故人がそう望んでいたからということが多いようですが、故人もいろんな人を支え、いろんな人に支えられた人生だったと思います。その死を隠す必要はないと思いますし、隠し通せるものでもないと思います。ただでさえ人のつながりが少なくなっている現代です。最後のお別れはきちんとしたいものです。 
 

2017年1月29日日曜日

悲しみを乗り越えて

残すところ1月もあと3日。昨年のことがずっと昔のことのように思える反面、正月からこっちはあっという間だったような気がします。年が変わるということは、古い皮がめくれるということなのでしょうか。

今日は、連研で「み教えと差別」の課題を話し合いました。学校で職場で地域で今まで十分話し合ってきた課題ですが、お寺での話し合いになるとまた雰囲気が違います。 

どこの班も問題提起後の1時間の話し合いでは物足りなかったようです。その理由は、お寺で話すと本音で語り合うことが出来るからなのだとわかりました。少なくとも学校、職場、地域のように、人の目を気にすることなく話すことが出来るようです。これも悪人正機の力なのかも知れません。 

昨夜11時の臨終勤行に続いて、今日は納棺勤行と通夜勤行がありますので、午後は連研を早退して通夜の準備を行ないました。故人は私と三歳違いの急逝された理髪師でした。いろんなことの相談にお寺へよく来られていました。一見こわもてですが、実は自分を表現するのが不器用なだけで、根は家族思いの温かい方でした。通夜振る舞いの席でお嬢さん方に聞いたのですが、私が感じた通りのひととなりでした。 

親しい人がいなくなるのは悲しくて寂しくてつらいことです。でも生れて来た以上は、いつかは往生しなければなりません。この悲しみが次世代の生きる力につながることを信じています。 

2017年1月28日土曜日

公開講座みんなのお寺

「傘寿まり子」では子どもたちと同居中の孤独死が描かれていましたが、ご門徒さんの中にも孤独死のケースが何件かありました。発見した時に既に亡くなられていた場合は、蘇生を願って救急車を呼ぶことが多いようですが、医師が看取ったわけではないので不審死として扱われることが多いようです。親族の方が警察に根ほり葉ほり聞かれて、疲れましたと言っておられました。中には貯金通帳まで調べられたということも聞きました。

明日は第9期連研の10回目で、差別について研修致します。連研では必須の科目です。お寺の研修会でなぜ差別について学ぶのかということを不思議に思われる方があります。仏教は心の中を徹底的に覗いて行くことがありますが、その時に誰しもが持っている瞋恚という心のあり方に気付きます。これは怒り、腹立ち、嫉みという感情です。自分の思い通りにならない時に起こるものですが、それが続いた形が差別につながります。いじめであったり、仲間外れであったり、無視したりという行動になって現れることがあります。 

差別の怖いところは集団で継続性があるところです。そして差別を受けた側が別の形で差別をするという連鎖が続くことがあります。連研ではどうすれば差別のない生き方が出来るかを学びます。

今回の連研の最終回は3月26日ですが、午後からは誰でも参加できる公開講座となります。他宗派の方の参加も歓迎いたします。講師は仙台で「みんなのお寺」という名前のお寺を夫婦で立ち上げられた天野和公さんをお迎えします。檀家ゼロからのスタートで、現在は本堂まで新築され、驚くような規模のお寺さんになっています。その15年に亘る体験談が聞けます。下のチラシをご覧下さい。そしてご参加下さい。お待ちしています。


 

2017年1月27日金曜日

お寺と住職

一般的なお寺の規模を企業に例えるとほとんどが零細企業になります。零細企業とは製造業でいえば常時雇用労働者が9名未満となっています。特に多いのが常時雇用は住職と坊守だけですから、どちらかと言えばお寺=住職と言うことになり兼ねません。 

実際にも住職が変わったことでお寺が変わったという例はいくらでもあります。住職の思いがそのまま表に出るのがお寺であるとも言えます。お寺で取締役会に当たるものは、責任役員会です。宗教法人法のモデルでは、責任役員会は3名以上で構成することになっており、そのうち1名は住職であり代表責任役員となります。定数を3名とした場合あと2名は門徒代表でもいいのですが多くの場合寺族がなることが多いようです。そのため多数決の採決では、お寺側2名門徒側1名となり、対立した場合はお寺側の意見が通ることになります。これがお寺が寺族化しているという批判の理由でもあります。 

お寺には総代がいるではないかという人があると思いますが、総代は宗教法人法での規定はなく、寺院規則で決められた住職の諮問機関であり、決定権はありません。また総代は住職が任命するので、そこにも住職カラーが出ます。そうはいっても人としての力量の違いは出ますので、しっかりした考えの総代さんがいれば、住職の重しになることは間違いないでしょう。 

零細企業と聞くとデメリットばかり思いつきますが、自分の考えだけでうまく立ち回ることも可能です。つまり身軽に方向転換をすることも出来ます。間違ったと思ったら変えればいいだけです。さらに従業員に払う給料があるわけではないので、支出もコントロール可能です。勤務時間に制限があるわけではないので、年間変形労働時間制が取れます。これからお寺が生き残れるかどうかは、住職にかかっていると考えてもいいでしょう。法の範囲内で自由にコントロール出来るというのは、案外良いことかも知れませんね。
 

2017年1月26日木曜日

お寺はこれからも存在するのか

2月1日の鳥取因幡組門徒総代研修会で「20年後の寺院像」について話しをすることになっていますので、資料をまとめているところです。寺院の存続危機が叫ばれて久しくなります。きっかけは今から29年前に放送されたNHKスペシャルの「寺が消える」でした。本当はこのとき気づいていればまだ多くの打つ手があったのでしょうが、これは一部の場所でのこととか、まだまだ自分には関係のないことと大半の寺院は思っていました。 

実際は今から40年前には日本の人口構造が大変なことになり、少子化・人口減・超高齢社会がやって来ることはわかっていました。しかし直前にならないとわからないのが、人の本性ですから今になって慌てているわけです。お寺もようやく今になって対策を考えようとしていますが、寺院の3割減というのは避けられないでしょう。特に人口が一万人未満の町村では、自治体自体が消滅可能性があるということですので、地域無くしてお寺が存在するのは難しいと言えます。 

この現象は小さな町村だけにとどまらず、地方都市にも波及して行くと思います。寺も人口動態に引きずられるので、生活しやすい場所にあるお寺だけが大きくなって生き残って行くという形になると思います。都市周辺部以外にある寺院は、観光資源や宿坊、修業体験、カルチュア教室など特長を持たせて行かなければ生き残るのは難しいと思われます。 

また一方ではお寺と関わりがあるのはお墓があるためであったり、お世話になった先祖供養のためというようなことが大部分であり、教義に惹かれたとか信仰・信心によるものはほとんどないと考えられます。そのため先祖供養に力を入れているような宗派が選ばれることはあると思います。
 
このたび大局的な視点からお寺を考えたたいと思って、歴史的背景を勉強したのですが、あまりにも紆余曲折がありすぎて、どう体系づければいいのか迷ってしまいます。特に権力との対峙という面では情けないほど迎合的です。これで本当に庶民を救って行けるのかと思ってしましました。

2017年1月25日水曜日

スリル満点、除雪してない路地の運転


 

三日連続で雪ネタになりますが、それほど今回の雪は大変でした。まず隣の町内ですが大きな紙問屋さんがあるので、トラックが毎日のように入って来ます。この町内はまとまりが良く皆さん協力的で、このような大雪の場合は町内総出で雪かきをされます。6年前の時は、わが町内は雪だらけでしたが、隣の町内は路面が出ていました。 

しかし高齢化が進み作業する人が少なくなったため、今年は雪かきがされていませんでした。隣の町内のほうが日当たりがいいので雪が緩むのも先です。少し緩むと車が通ったあとに轍が出来ます。全部の車の車輪幅が同じなら二本の轍で済みますが、軽の轍と普通車の轍とトラックの轍の6本出来ることもあります。片方だけ一緒になったりしますので、ラインがぐちゃぐちゃになります。轍の無いところを選んで走ることが不可能になります。どれかの轍にはまりながら進むことになりますが、後輪が横滑りしますので運転は冷や汗ものです。 

トラックが紙を積んできたときはかなりの重量があるので雪を噛んで走りますが、荷物を下ろして軽くなったとたんタイヤがスリップを始めます。後輪にチェーンを巻いていましたが、我が町内に入ってから全く進まなくなりました。轍はあまりなかったのですが、トラックのタイヤがスリップして穴を掘るように飛び飛びに轍を作って行きます。5メートル進んではスリップして動けなくなり、七、八人がタイヤ付近の雪を取るということを五回くらい繰り返してやっと町内を抜けることが出来ました。 

後続車も六台くらいいましたが、それぞれスコップを手にして手伝っていただきました。今の時期は路地に入ると動けなくなることがありますので、人手のない早朝や夜間は走らない方が良いと思います。お寺に来るにはどうしても通らなければならない道路ですので、お墓参りの方などはこの数日間は来られない方が良いと思います。