2017年1月6日金曜日

それを言っちゃあ お仕舞よ

月刊住職1月号の隅っこの「されどわれら住職」欄に、ある坊守さんの言葉が載っていました。法事一つとっても最低限の必要経費(材料原価)があるので、それをお布施の中に含まずに、〇〇料のような形で納めて欲しいというものでした。確かに一つの法事で茶菓代や供物代や仏華代など合計すれば一万円は軽く超えます。そしてそれはお寺が支払っているものですから具体的に目に見えます。

一方お布施は、お寺を維持していくために使わせていただきます。具体的には伽藍の維持管理費、修繕費、専従者の人件費、上部団体会費、保険料、教化費など多岐に亘ります。収入が支出を下回った場合には、人件費の不払いが真っ先に来ます。しかしお布施を渡す側からすれば、そんなことは考えません。この法要にかかる費用にあててもらうという感覚だけでしょう。

この坊守さんは、必要経費がいくらかかっているかを教えなければならないと思っておられるようですが、それは対症療法と言えます。いわゆるその場しのぎです。それで寺院会計が苦しくなっているなら、根本治療が必要です。そのためにはお寺の経理を全面公開することが必要になって来ると思います。

そうすることで、お寺も丸儲けではなく、こんなに大変なんだとわかってもらえます。私のところもオープンにしてずいぶん経ちますが、お金のことで文句を言う方は無くなりました。人は隠すと邪推します。お寺にとっていいことは一つもありません。住職はオーナーではありませんし、お寺は公益団体ですから利益を出す必要はありませんが、赤字では成り立ちませんので維持するためには最低トントンにしなければなりません。

住職の裁量で出来ることもありますが、最終的にはご門徒さんの判断であり、お寺を支える地域の方の判断です。無くてもいいお寺であると判断されたなら、いのちは短いでしょう。最近は地域の大切なものを守って行く力が弱くなっています。その力を引き出すのも住職の役割だと思うこの頃です。

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