2017年5月7日日曜日

メディカルサロン

院家日記でも何度か取り上げたことのある海原純子(うみはらじゅんこ)さんが、「Dr.純子のメディカルサロン」というサイトを立ち上げられました。コンセプトは、「正確な情報と予防の知識を常に吸収し、いい気持ちで生活することが身体を守る力になる」だそうですので、楽しみです。特に次のように語られている点で信用がおけます。

☆☆☆インターネット上で流布する医療情報は今、改めて正確さを問われています。「時事メディカル」の特徴はエビデンス(根拠)に基づいた医療情報という点です。特に「Dr.純子のメディカルサロン」のコンテンツはすべて、私をはじめとする医師のオリジナル原稿で構成されており、インタビュー取材も私自身が行っています。「一流のレジリエンス(回復力)」では、各界の著名人が自ら執筆してくださっています。第三者を介さず、私たち医師ら情報の送り手と皆さんを直接結び付けて対話したい、心や身体に関する情報を楽しく読めようにお届けしたい、という願いを込めてこのサイトをご提供します。 医学博士 海原純子☆☆☆

いくつかのコラムがありますが、その中に嘘つきと正直ものは、どこで分かれるのかを考察したものがありました。詳しくは読んでいただければいいのですが、教育が重要な要素としてあるようです。「うそをつくと悪い結果になる」というお話しでは正直さに影響を与えることはなく、「正直であればよい結果になる」というお話しを読むことで正直さが促進されるという所には興味を覚えました。
 

2017年5月6日土曜日

PHSが消えます

DDIポケットの頃からPHS派でした。みんなが携帯電話を持っている時も、070の番号を使っていました。家庭内のコードレス電話から進化したので、電波の届く範囲がせいぜい100メートルくらいなのです。そのため市街地では、中継基地がたくさんありました。田舎に行けばほとんど繋がらないという不便さもありましたが、逆に地下鉄の駅とか地下街には中継基地があり、出張中は携帯電話の電波が届かないところでも重宝しました。会社もDDIポケット→ウイルコム→ワイモバイルと変わりましたが、いいいよ新規契約は出来なくなるようです。

現在の契約者は多分300万件台だと思います。携帯電話の1億5000万件台と比べるとずいぶん違いますが、電磁波が少ないということで医療機関では多く使われています。また、契約台数が少ないため電波が込み合うこともなく、東日本大震災では唯一途切れることなく通話が可能だったことが知られています。災害時に強いPHSと言えます。

注意しなくてはいけないのは、香港にPHSを持ち込むと禁固や罰金刑に処せられます。違法電波になるようですので覚えておいて下さい。いまさら駆け込みで契約することもないでしょうが、時代の移り変わりの速さを感じます。
 

2017年5月5日金曜日

多死社会へのお寺の対応

多死社会とは嫌な言葉ですが、これからの30年間は、間違いなく今より多くの方が亡くなる時代となります。そこでどういうことが起こるかと言うことを想像して見ますと、お寺にとっても良いことは一つもありません。今や90歳代まで生きることは当たり前になって来ました。100歳超えも珍しくありません。私の父は85歳で亡くなりましたが、私が現役であったことから、仕事関係の参列者もそれなりにあり、一般的な葬儀を出すことが出来ました。

両親が90歳を超えますと子供も現役世代ではなくなり、参列者も限られて来ます。そういうこともあって、小規模の葬儀を家族葬という名前に代えて以来、家族葬が人気となりました。しかし、高齢化がさらに進むと、家族葬さえ困難な場合があります。例えば独身の方であったり、子供がなくパートナーが亡くなられている場合、子供が遠隔地に住んでおり日頃の付き合いがない場合など、高齢者が看取られることなく孤独死をする場合があります。高齢化が進めば進むほど、似たようなケースが増えていくと思われます。身寄りがない場合は自治体で荼毘に付し火葬しますが、宗教者を呼んで葬儀をすることはありません。

心ある葬儀社が生活保護世帯の葬儀を執り行うことはありますが、赤字を出してまで勤めることは期待出来ません。頼れるのは宗教者しかいません。お布施がないあるいは少ないからと言って葬儀を執り行わないということは許されないでしょう。
高齢者になれば年金暮らしが普通であり、毎日の生活がやっとでしょう。そういう場所で僧侶がどういうことが出来るのか考えて行く必要があると思われます。葬儀は不要と言う論もありますが、人間としての最後の節目に葬送の儀がないのはあまりにも寂しすぎる気がします。

2017年5月4日木曜日

決算追い込み

四半期ごとに決算処理をしていればいいのですが、1年分をまとめて入力するので、いつもゴールデンウイークは寺務室に缶詰です。現金の出し入れはレジで行なっていますので、週次で整合をとっています。通帳は間違いありませんし、郵便振替も間違いはありません。それらを連結して出納帳を作るので計算が合わないことはありません。

その出納帳を科目別に仕分けして科目別明細を作ります。決算時に科目の振り替えをしますのでその作業が少し時間がかかります。もう何年もやっているので慣れましたが、護持会総会が決まっているので、時間との戦いです。

作業自体は単純作業ですが、量が多いので飽きてしまいます。ラジオを聴いたり、体操をしたりして気分を変えていますが、数字だけの画面を見続けるのは疲れます。この作業も明日ごろには終わると思います。良い天気が続いているので、アウトドアに惹かれますが、もう少し頑張ります。

2017年5月3日水曜日

hasunoha回答僧に寄付金

たまたまツイッターで見かけたのですが、回答僧侶として登録していらっしゃる方のところに寄付金の送金があったようです。その方がツイッターに投稿したということではなく、hasunohaの事務局の方が、ある僧侶から報告があったと投稿されていたものです。

さすがにそこまでの方が現れるとは想像していなかったのですが、今までの私の経験で言うと、直接電話してこられた方が2名ありました。当然この2名の方とはリアルで話しているわけですから、ネットでは書けないようなプライベートのお話しもすることになります。この瞬間からペンネームを使ったどこの誰かもわからない人では無くなります。言葉の発し方や間の取り方、抑揚などにより相手の気持ちがよくわかるようになります。その結果、距離が非常に近くなり、親しみが湧いて来ます。

これがさらに接近し、感謝の気持ちを何かで表したいと思ったときに、それが寄付行為として表されたものだと思います。hasunohaは全て自発的なボランティアですから、もちろん寄付など要求する僧侶はいません。寄付をした人も強い意思があってされたものだと思います。

もともとお寺というのはそういう意思を持った方々によって支えられ、現代まで続いてきたのです。それが寺請け制度(檀家制度)によって、強制的に仕組みが作られてしまい、本人の意思にあまり関係なく寄付をするような形にゆがめられたのだと思います。

僧侶の自発的な行動に感銘を受けた方が進んで寄付をするという形がとられ、それがお寺を支える財源になるとすれば、最も望ましい形です。というよりお寺の本来の形です。
今回のことはまだ一歩にもなりませんが、このような形が定着すればいいですね。

2017年5月2日火曜日

支えていただき全てに感謝

叔母の容態が安定して来ているので、退院のための引継ぎを行ないました。朝熱が出たためケアハウスから掛り付け医師の元に行き、そこから救急車で入院しました。感染症の疑いがあるとのことで、大きな病院での検査が必要だったようです。

それから三週間経ち、当初の見込み通り退院となります。90歳を過ぎてから乳がん、糖尿病、大腸がんを乗り越えての三度目の入院でした。高齢のためいろんなところが不調になりますが、元に戻る力も健在です。このたびの入院で血糖値を下げる薬も不要になるほど改善しました。

入院時におけるケアは素晴らしいものがあり、体力さえあれば完全に復調して退院出来ます。ただ、家庭に帰ったり、ケアハウスに帰った場合は、完全看護は難しいところがあります。明日からゴールデンの後半が始まりますので、世間が休みの間は病院で過ごすことにしました。今日の引継ぎでは、ケアハウスからも4人のスタッフに来ていただきました。一人の人間が人生の終盤を生きて行くためには、これだけの方の支援を受けるわけです。とても家族だけでは回りません。

医師、看護師、ケアマネ、介護士、ヘルパーさんなど多くのスタッフの方に感謝する一日となりました。
 

2017年5月1日月曜日

改葬と故人の遺志の関係

約半月前の日記で墓地管理者の責任ついて書きましたが、今日来た月刊住職5月号に、一人残された息子が精神疾患で引きこもりになり、ある宗教の洗脳を受けてご両親他ご先祖の眠るお墓を改装して別の宗教に移転したいという申し出があったとの事例が載っていました。

こういう事態には今の法律は全く意味をなさず、祭祀継承者の意思のままとなります。仏教に帰依してお墓に眠っておられる故人の遺志は無視です。

実は当山でもお墓ではありませんが似たような事例がありました。後のことは長女に任せると言っていた長男が突然お寺に現れ、お骨を改装したいとのことでした。真意をただすとお骨のことより故人がお寺に収めた寄付を返して欲しいということが根底にありました。寄付は納骨後も供養をしてほしいという故人の遺志によるものだから、お骨を移転するのであれば供養の必要がなくなるので寄付も返してもらえるだろうという勝手な思い込みでした。

 当山の場合は故人の遺志でいったん収めたお骨は、基本的に改葬できないという規約を作っていましたので、長男にも納得してもらえましたが、これからの時代何が起こるか予想もつきません。今までは常識であったことも、分かりやすく規約化しておくことが必要なようです