| 今年も十二月を残すだけとなりました。仕残したこともたくさんありますので、12月だけで全部は出来ません。多くは毎年と同じように翌年に繰越すことになります。それでいいのだと思います。同じように、生きている間に出来なかったことは、死んでから考えることにしましょう。 ところで終活ブームと言われて久しいのですが、終活にはブームはそぐわないと思います。ブームがあろうと終わろうと、死への心の準備期間はあった方が良いと思います。不慮の事故や突然死の場合は、それも叶わないことがあります。 では、いつから心の準備をすればいいのでしょう。仕事の停年を迎える65歳くらいからが良いのではないかと思います。漠然と自分の死を考えて下さい。まず、自分がどうして欲しいかを明らかにすることが必要です。特に無駄な延命治療をどうするかということも。 何人かの人の相談を受けたことがありますが、うまく伝わっていなかった例が少なからずあります。どういう葬儀をして欲しいのか、葬儀には誰を呼んで欲しいのか、費用はどうすればいいのかなど、次の世代に伝わっていませんでした。 自分の気持ちを書面で複数のキーマンに伝えておく必要があります。また、生活している場所に紙を貼っておくという手もあります。とにかく発信することです。私もエンディングノートをそろそろ書き始めようとしています。 今回のブラジルの飛行機事故を見て、人生は何があるかわからないということをひしひしと感じています。 |
お寺の住職が徒然なるままに、お寺のこと、仏教のこと、日頃の出来事、興味あることなどについて書き綴っています。毎日投稿することを心がけています。5年間続けていたブログが閉鎖されたので、2016年11月よりこちらを利用しています。
2016年11月30日水曜日
終活ブームに思う
2016年11月29日火曜日
寺院のIT化
| 寺院は一般の企業とは違うという概念を持っておられる方も多いと思いますが、法律上は宗教法人という法人格を持った団体です。いわゆる本山など上部団体に所属している寺院が74,217ヵ寺あり、単立寺院が2,560ヵ寺あります。営利を目的としていない法人ですので、税法上優遇されている部分があります。法人税や固定資産税が非課税であるというのが代表的なものです。 ただし駐車場経営などをやりますとその部分に関して固定資産税と共に法人税もかかるようになります。また、専従者の給与などは一般企業と同じように所得税、社会保険料なども負担しなければなりません。私の経験では会社法人との大きな違いの一つは、社員教育の部分だと思います。 私の所属する宗派では、個人情報保護法、セクハラパワハラ、交通安全、ITなどの研修が行われることはありません。個人単位で勉強しなさいと言うことかも知れませんが、全体的には低レベルで推移しています。いまどきお金のやり取りに、現金書留が重視される企業などはないでしょう。 現金でのやり取りは不正が起こる可能性がありますし、お金が移動した経過をたどることが出来ないという欠点があり、現在は金融機関経由による取引が当たり前になっています。寺院間で未だに現金が幅を利かせている最大の理由はIT化が全く進んでいないという現状があります。 研修もされていない中では音頭を取る人もなく困難だと思いますが、誰かがどこかでやらなければならない課題だと思っています。例えば企業では用紙はA4版に統一されていると思います。ワープロソフトや表計算ソフトの基準も統一されているでしょう。整地されて初めてIT化を進めることが出来ます。 私の属する団塊の世代は、40才代後半から職場にITの波が押し寄せ、紙からメールによる添付ファイルへと変わり、連絡はほとんどメールで行なわれるようになって行きました。簡単な研修は個人単位でパソコンで行なわれるようにもなりました。マニュアルがありますので、それを読んで個人で技術を習得することになります。 パソコンが苦手な人はどうしてもついて行けず、最終的には職場を去って行った人も少数ではありませんでした。IT化が進むと対面的なコミュニケーションが少なくなるというマイナス面もありますが、効率化・標準化・正確性・信頼度・不正排除などに関しては軍配が上がります。 寺院の檀家や墓や忌日の管理、経理や出納事務などこそITの力を利用し、作業を軽減させてご法義の発展に力を注ぐべきだと思いますが、そこにたどりつくまでの課題山積で、住職が集まってもその様な話しにはならない昨今です。 |
2016年11月28日月曜日
覚醒剤の怖いところ
| ASKAこと宮崎重明さんが覚醒剤使用の疑いで逮捕されたらしいですが、現在執行猶予中ですので、今回の逮捕で有罪になれば、執行猶予が取り消された上に、今回の件が加算されることになります。執行猶予期間中に刑事事件を起こさなければ、2014年に受けた懲役3年という実刑判決はなかったことになりますのに、なぜ我慢できなかったのでしょう。 覚醒剤は、中枢神経を興奮させることにより気分爽快、自信増加、積極性増加、精力増進、疲労感減少、多弁、不眠などを引き起こします。また、交感神経を刺激させることにより 瞳孔散大、立毛感、心悸亢進、末梢血管の収縮、四肢の冷感、血圧上昇、狡猾、腱反射の亢進なども引き起こします。 戦時中は日本でも戦意高揚や徹夜の作業などのため服用されていましたし、戦後はヒロポンという名で疲労回復の薬として販売されていました。実際は疲労を回復させるのではなく、疲労感を感じさせなくするというもので、体はボロボロになって行きます。 覚醒剤の効果が切れると体がまともになるため一気に疲労がよみがえり、苦しくて我慢出来なくなります。これを解消するには再び覚醒剤を体内に入れるしかなくなるのです。これが薬の持つ依存性です。 依存症になりますと自分の意志でコントロールすることは不可能ですので、病院で治療しなければなりません。治療により正常な体になったとしても、脳は快感を覚えていますのでちょっとしたきっかけで手を出してしまう可能性があります。これは一生続きますので、ダルクのような監視してもらえる組織で更生を図ることが大切になります。 |
2016年11月27日日曜日
悪人正機 第9期連研⑧
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鳥取因幡組の連研も佳境に入り、浄土真宗の教えのかなめを勉強しています。今日のテーマは悪人正機です。正機というのはめあてのことですから、悪人が対象の教えということになります。なんやら物騒ですが、悪人というのは法律上や道徳上の悪人ではありません。 仏教では生きとし生けるものの命は平等であると説いています。そうであるならば、他のものの命を奪うということは許されないことですが、私が生き続けて行くためには、牛や豚、魚などの肉を食べたり米や野菜などを摂取しなければ生きて行けません。これらも全て命があります。つまり私たちは自分が生き続けるためには、他のものの命を奪わなければならないということになります。 これは一つの例ですが、気づかないままに仏教で悪といわれていることを行なっているのです。自分の命と他の命のどちらか一つを選べといわれたら、自分の命を優先するということです。自己中心的な生き物であるということです。本能のようなものです。これを根源的な悪と捉えます。 しかし世の中には自分の命より優先して他の命を救いたいという場合があります。代表的なのは我が子に対する母親の愛です。しかしこれさえ我が子という範疇に限定されるのです。愛というのは独占的な一面があります。仏教の慈悲は無条件です。 阿弥陀仏は、自己中心的な生き方をしているものも等しく救うという誓いのもとに仏に成られていますので、そこに分け隔てはありません。むしろ「わかっちゃいるけど止められない」という凡夫こそ救うよとおっしやっています。もう自分ではどうしょうもないと悪あがきを止めた瞬間に救いが実感出来るのでしょう。 どこまでも投げ出さず自分で何とかしようと思い続けている限り、救いの手が差し伸べられていることに気付かないのです。これが悪人が目当てだと言われている故だと思います。 |
2016年11月26日土曜日
初七日のお勤め
親類寺院の初七日のお勤めに坊守と共に参列して来ました。普段は本堂内陣でのお勤めや、宅参りの場合は導師として勤めることになるので、反対の立場でお勤めすることはほとんどありません。参列者の目線で見ると、導師の一挙手一投足がよく見えます。見る対象が一人なので当たり前のことですが、振る舞いに注意が必要だと思いました。
本堂は音の反射と吸収がバランスよく出来ていて、お経の声がきれいに聞こえます。間口六間の本堂で広すぎず狭すぎずで使いやすい大きさです。諸事情により昨日が葬儀でしたので続けての初七日になりました。私の町内では、初七日に近所の方がお参りされるのが慣例となっていますが、地域によって随分と違うようです。 今日はご家族以外には私たちだけでしたので、前日の混雑ぶりと比較して寂しさが一層募りました。お内仏でお勤めする分には少人数でも寂しくないのですが、本堂ですと残されたのは自分達だけなんだなと思ってしまいます。 親類ということもあり、遺族の気持ちが手に取るようにわかったでので、型にはまった法要ではなく、オーダーメイドの法要にしなければならないと感じました。今までは本山で制定された規範に則り、それに手を加えることはなかったのですが、これからは工夫して行きたいと思います。 七日参りは逮夜参りとも言い、亡くなられた同じ曜日の前日に七週に亘ってお勤めします。七回目が最後になりますので満中陰と呼び、四十九日法要をお勤めします。私のお寺は全てお勤めしますが、地方によっては二七日から六七日までは僧侶を呼ばずに家族だけで勤めるところもあるようです。 |
2016年11月24日木曜日
大相撲石浦関の活躍
鳥取県出身の関取と言えば琴桜が有名でしたが、幕の内の郷土力士はそれ以来ではないでしょうか。地元のNHKローカルでは鳥取県関係力士として、照ノ富士、逸ノ城、貴ノ岩、石浦などの取り組みVTRを紹介していますが、石浦以外は鳥取城北高校相撲部の出身ということだけであり郷土は違います。 鳥取城北高校相撲部は全国高校相撲大会では常連校で、大学で言えば日大相撲部のような位置付けです。近年はモンゴルからの入部者も増えています。ここの監督が石浦さんで、石浦関はその息子さんです。 城北高校の近所には、ちゃんこ石浦というお店もあり地元では愛されています。石浦関は幕内最軽量ということもあり、速さと鋭さが武器です。十両時代は勝ったり負けたりという相撲が多く、大勝ちをすることはありませんでした。 欲を言えば最後まで優勝争いに絡んで欲しいのですが、そのことより次場所が重要です。幕内中位まで上がると思いますが、三役クラスとの取り組みが多くなります。軽量なだけにじっくり攻められると分が悪くなりますので、俊敏さを一層磨きながら体重も少し増やし千代の富士のような力士になってもらいたいと思います。 郷土力士を応援するという心は、実は自己顕示欲の現れなのです。自分は何もしていないのですが、良いことで注目されたり褒められたりすると自分も一員であるかのように振舞ってしまうのです。人間はどこまで行っても自己中心的ですね。 |
2016年11月23日水曜日
同門住職の死
| 同門の住職が往生の素懐を遂げました。私より10歳若いので僧侶の世界では油ののる時期です。親戚筋に当たりますので、養源寺寺族の法要には参列してもらっていましたし、長女の仏前結婚式では司婚者をお願いしたりしていました。 少し前から体調が思わしくないということで、組内の行事には参加されていませんでした。今は鳥取因幡組の中心的活動となっている連研ですが、彼が第2期、第3期の事務局を務め私が第3期の中途から引継ぎを受けました。連研募集のパンフレットは今でもその当時のものを使っています。 また、電話連絡網や総代会や仏婦など教化団体も含めた組織図も長く利用させてもらっていました。私はエクセルを駆使して似たようなものを作りましたが、その当時彼はワープロで作っていました。パソコンのように汎用性がないので、相当な時間をかけて作ったのだろうと思いました。私なら途中で投げ出していたでしょう。 普段から生老病死や往生浄土を説いている立場ですが、なかなかその死を受け入れることが出来ません。ましてや寺族の方にとっては現実とは思いたくない事態だと思います。昨日までの笑顔にもう会えなくなることが起こるのが現実の世界です。 誰もが日常的に死は考えたくないですが、何時かは死ななければならないのであるなら、生きている時間をつまらないことに使っている余裕はありません。自分の主義主張を正しいものとして摩擦を起こしながら、不平不満の人生を送るより、相手も同じ自分中心の人生を送っていることに鑑み、小欲知足の人生を歩みたいものです。 |
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