スポーツ好きでなくとも、学ぶところはたくさんあったと思います。小久保監督の死闘でしたという言葉が物語っています。当初、経験不足ということで批判されることも多かった監督ですが、この経験で歴代の監督に引けを取ることは無くなったと思います。
振り返って僧侶という仕事を考えたとき、僧侶もプロとして見られているのだろうなと思います。仏道のプロ、さとりの道のプロ、読経のプロ、葬儀のプロと見方は色々でしょう。お布施は僧侶がもらうわけでは無く、僧侶はお寺から給料をもらっています。お布施はお供えしたあと、宗教法人の会計へ入ります。でも、お布施を渡す人は、なんでこんなに包まなくてはならないのだろうと、思っていらっしやるかも知れません。勘違いであっても僧侶としては、お布施を渡した甲斐があったと思われるような法要になるよう勤めなければなりません。果たして何人の僧侶がそう感じているのでしょう。
荘厳、読経、作法、法話、接待のすべてに最高の仕様が求められています。
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